何でこんなことがまかり通ってしまうのか、不可解でしょうがありません。 誰が、なぜ、それを欲しているのか? 欲望や理由をつき詰めて行った先には、もしかしたら誰もいないのかもしれない。 と、不穏な想像をしてしまい、恐怖です。 歴史は繰り返すと言いますが、本当に僕らは戦争に巻き込まれてしまうのかも。 国が亡ぶのを目の当たりにして、荒廃する世に死滅する可能性が高まっているのか。 分りません。 だが、それは嫌だと思います。
もうひと月前のことですが、二年ぶりに海外へ行ってきました。 初めてのフランス。 と言っても、パリではなく、ガイドブックにも載っていないような小さな町クレ。 そこで、毎夏開催されている老舗の電子音楽祭FUTURAで、 今春、両国門天ホールで発表した 『サロメの娘』 アクースモニウム上映を、 披露するため、勇んで乗り込んだのですが、いやあ大変でした。 着いたその日が仕込みで、翌々日に上演という強行軍。 羽田を夜出て、時間を巻き戻しながらCDR空港に早朝着。 始発のTGVに乗って、ローカル線を乗り継いで、クレへ。 で、会場入りしてから翌朝4時まで頑張ったのですが、トラブル続きで作業は終わらず。 翌日も、他のプログラムが終わるのを待って、深夜から朝方までセッティング。 いやはやギリギリでしたが、なんとか漕ぎつけて。 上演が始まったときには、もう放心状態で、気がついたら終わっていました。
終わって、呼ばれて、前に出てお辞儀をして。 拍手をもらったのですが、どんよりした空気が流れていて。 うーんダメだったかなと、そそくさ後片付けを始めようとしていたら、 席を立つ観客が、最後のフレーズを楽しそうに口ずさんでいたり。 変な感じだなと思っていると、ロビーから檜垣さんが飛んできて、 「すごい評判になっていますよ」 と。 なんか、絶賛だったみたい。 現地のシャイな電子音楽オタクたちと、仏語のできない日本人の間に、 取り立てて会話は無かったけれど、マインドは通じ合えたかも。 行ってよかったな。 ほとんど全てを取り仕切ってくれた檜垣さんに、改めて敬服。 同行して随所でアシストしてくれた池田さん、お疲れさま。 柔和なFUTURAのみなさん、ありがとうございました。
とまあ、ささやかな喜びをいただいて帰国したのですが、 旅から戻ったホームに感じる、この違和は何だろう? 漠然とした言い方ですが、人が人を見てないな、というか。 街を歩いていても、電車に乗っても、お店に入っても。 人と話している時さえ、人を見ていないような。 知らず知らずに、人を見ないようにしてる。 そう言う自分もそうしている、なっていく。 これが原因だとまでは言いませんが、 国会という問題の場に噴出していること、欲情がねじれた殺人事件、 天のしわざである川の氾濫が甚大な被害をもたらしたことまでも、 なんだかそれが、背後にあるような気がして…。
明日は 「映画以内、映画以後、映画辺境」 の再開初回。 連続講座も、おかげさまで第三期です。 クリス・マルケルは、どんなふうに人を見ていたんだろう。 そう思いながら僕は、たぶんきっと、あんまり人を見れないのだと。
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