イントロダクション





この映画が写し出すのは、ありふれた日常の、ありえない光景。そこには人が、ほとんど姿を見せないのだ。誰もいないのに、気配だけあり、声がさざめく。それは恐ろしいほど美しい心象風景。冬の淡くうつろう光を狙い、足掛け二年の歳月をかけて撮影された映像詩が、人を写す以上に、人の孤独を、情感を浮き彫りにする。
記憶の奥深くまで語りかけてくる、奇妙な物語。そして、存在すら確かでない登場人物たち…。その声に耳をすまし、不可思議な映像に身をゆだねていると、主人公の女性・青地の心の奥底が、やがてレントゲン写真のように浮かびあがってくる。露わになった、人の心の危うさを垣間見るとき、我々は、いまだかつて観たことのない、まったく新しい映画体験をする。








かつて内田百閒という稀有なる作家がいた。夏目漱石の弟子となり、明治・大正・昭和の流れをのらりくらりとすり抜けて、人を食ったような作風で、夢に迷いこむがごとき文章を遺した。
「山高帽子」には、百閒自身であろう青地という教師と、同じ漱石門下であり、海軍機関学校では職場の同僚だった芥川龍之介と思しき教師・野口が登場する。二人が話題にするのは、幻聴や錯覚にまつわるエピソードの数々。すでにそれが妄想的とも言える日常を通して“ぼんやりした不安”が語られる。芥川の遺書にあるその言葉のように、えたいの知れない不思議な短編小説だ。
孤高の漫画家 山本直樹は、その「山高帽子」の舞台を現代に、青地を女性に置き換えて、「眠り姫」を描いた。壊れていてむしろ普通かもしれない、今の社会。ぼんやりした不安は誰の心にも潜み、逃れられないものだと感じさせる、珠玉の名作である。
(「眠り姫」 … 山本直樹著「夢で逢いましょう」(太田出版)、「夜の領域」(チクマ秀版社)所収)








監督は、異才・七里圭。その、現代を生きる苦悩を、斬新な手法で象徴的に描く作風は、一作ごとに着実に、熱烈な支持者を増やしている。そして七里監督が、敬愛する山本直樹原作に挑むのは、二度目。2004年の鮮烈な劇場公開デビュー作『のんきな姉さん』に続き、再び、天才・山本直樹の迷宮的なテクストを読み解く。
そもそも『眠り姫』は、『のんきな姉さん』公開時のイベント“山本直樹の小部屋”展のために企画され、展示上映した映像作品だった。しかし七里監督は、その作品に秘められた、映画としての可能性を確信し、イベント終了後も自主的に製作を続行。有志スタッフとともに、さらに一年以上をロケに費やし、長編映画として結実させた。2005年、その執念の結晶は、室内楽団の生伴奏付きの上映という形式で、二日間、たった3回だけ披露され、会場に収容できぬほどの観客を集めた。
衝撃と深い感銘をもって迎えられた作品は、その2年後の2007年11月、ついに劇場用映画となって公開。冬の樹の影を追い求め、夜明けの光を、霧の出を、静かに待ち続け捉えた奇蹟の映像は、見る者すべての心を揺さぶった。その後もインディペンデント映画としては異例のロングランを実現、アンコール上映を繰り返すたびにリピーターを続出させ、多くの熱狂的ファンを生み出すことに。さらに、2010年/2012年には、劇場内を真っ暗闇にして音響だけを響かせる「闇の中の眠り姫」を開催、2013年には、異なる音圧、音色、大きさのスピーカーを多数配置した多次元立体音響システムのアクースモニウム上映(演奏:檜垣智也)によって『眠り姫』を“奏でた”。そして… 2016年。
上映活動10年目の節目に、最新の5.1chサラウンド&HDデジタルリマスター版を制作! さらに進化/深化した音響と映像による新しい『眠り姫/サラウンドリマスター版』として遂に登場する。









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